今年の2/3節分の日はちょうど会社が休みの水曜日だったので、近くの鵠沼伏見稲荷神社の豆まきに参加させていただきました。
ゲスト参加の力士は「白いウルフ」と呼ばれた元関脇益荒雄の阿武松(オウノマツ)部屋の益荒海関(中)と大道関(左)です。何とこのお二方、3月の春場所では揃って十両に昇進し「関取」として土俵に上がります!昨年来てくれた時、「来年は関取として参加を!」とみんなで激励したそうですが、まさにそれが実現して周囲もビックリしています。
実は私は(隠れ?)相撲フリークで、1980、81年といすゞ川崎工場に臨時で作られた土俵で、夏祭り部対抗相撲大会に「まわしを締めて」参加していました。新入社員だった80年には5人抜きの部で4人まで抜いて、最後に惜しくも敗れたという「武勇伝」もあります。
専大の学生相撲出身の大道関に得意の形を聞いたところ「右四つがっぷりっす」とのことだったので、左四つ得意(だった)私は「けんか四つ(合わないとの意)ですね」なんて、188㎝-163㎏を相手に恐れ多い会話をしていました。(笑)


「1/31」の記事で「有賀正義の奇遇」を書きましたが、鵠沼伏見稲荷神社の宮司さんとはもっと奇遇とも言えます。
妻の郷里は直線距離で辻堂・鵠沼から100㎞以上離れた、熊の生息域まで歩いて行こうと思えば行ける(程自然に恵まれた)関東地方のある場所ですが、宮司さんの若かりし頃に母校の中学校に教育実習に来た時の生徒の一人が妻だったのです。そして20年前に辻堂の今の所に引っ越した時には、それに気付かずお祓いに来てもらっていたのですが、40年程前に妻の郷里の実家を立て直した際にお祓いに来てもらったのが宮司さんの今は亡きお父さんだったそうです。
後になって色々な偶然がわかった時は、宮司さんと妻は「え~~っつ!!」という感じでしたが、まさしく「時空を超えた縁」でした。
宮司さんの姿が写っていないのは残念ですが、舞台の一番左はどなたかわかりますか?小さくて申し訳ありませんが、我らがヒーロー、ウルトラセブンの「モロボシ ダン隊員」こと森次晃嗣さんです!
ゲスト参加の力士は「白いウルフ」と呼ばれた元関脇益荒雄の阿武松(オウノマツ)部屋の益荒海関(中)と大道関(左)です。何とこのお二方、3月の春場所では揃って十両に昇進し「関取」として土俵に上がります!昨年来てくれた時、「来年は関取として参加を!」とみんなで激励したそうですが、まさにそれが実現して周囲もビックリしています。
実は私は(隠れ?)相撲フリークで、1980、81年といすゞ川崎工場に臨時で作られた土俵で、夏祭り部対抗相撲大会に「まわしを締めて」参加していました。新入社員だった80年には5人抜きの部で4人まで抜いて、最後に惜しくも敗れたという「武勇伝」もあります。
専大の学生相撲出身の大道関に得意の形を聞いたところ「右四つがっぷりっす」とのことだったので、左四つ得意(だった)私は「けんか四つ(合わないとの意)ですね」なんて、188㎝-163㎏を相手に恐れ多い会話をしていました。(笑)


「1/31」の記事で「有賀正義の奇遇」を書きましたが、鵠沼伏見稲荷神社の宮司さんとはもっと奇遇とも言えます。
妻の郷里は直線距離で辻堂・鵠沼から100㎞以上離れた、熊の生息域まで歩いて行こうと思えば行ける(程自然に恵まれた)関東地方のある場所ですが、宮司さんの若かりし頃に母校の中学校に教育実習に来た時の生徒の一人が妻だったのです。そして20年前に辻堂の今の所に引っ越した時には、それに気付かずお祓いに来てもらっていたのですが、40年程前に妻の郷里の実家を立て直した際にお祓いに来てもらったのが宮司さんの今は亡きお父さんだったそうです。
後になって色々な偶然がわかった時は、宮司さんと妻は「え~~っつ!!」という感じでしたが、まさしく「時空を超えた縁」でした。
宮司さんの姿が写っていないのは残念ですが、舞台の一番左はどなたかわかりますか?小さくて申し訳ありませんが、我らがヒーロー、ウルトラセブンの「モロボシ ダン隊員」こと森次晃嗣さんです!
ちょっと更新の時間が開いてしまったのでまとめて書きますが、先ずは今日鵠沼海岸のサーフビレッジで



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